27○ ポポルポッポ=バルドポッポ

男には紛れも無く、天性の才能があった。
彼は先天的に、常人のものを数倍したほどの肺面積を、またそれを支える恵まれた巨体を、
そして力強い声を生み出すためのしなやかな筋力を有しており、幼少の頃よりそれを遺憾なく発揮、
また努力も怠らず、日々の仕事の傍ら声楽に関して独学ながらも本格的な勉強をしていた。
(廃棄地区――すなわち旧帝国地域にはかつて幾つかの音楽に関する私塾があったが、
当時は庶民が音楽の勉強に時間と資金を投ずるという考え方が広まっておらず、そこは貴族階級の子女が通い交流を深める半ばサロンのようなものと化していた)
幸運にも繊細な聴覚をも持っていた彼は、みるみるうちにその才覚を開花させる。
その優秀さたるや、彼は住んでいた小村の近辺に広がる森の中で歌の練習に励んでいたのだが、
かの森には『鳥のように美しく、獅子のように雄雄しく鳴く魔物』が住まう、と噂されるほどであった。
そして、男――ポポルポッポは今までの生活で貯めたいくらかの資金を費やし、市街で自分の歌声を売り込むことを決意した。

だが――
その当時、帝国での音楽産業の需要は少なく、
無いに等しい軍楽隊予備の募集を除けばその殆どが歌劇・演劇……言わば『高級な趣味』によるものであったという。
それらは必然的に貴族階級の価値観が根底にあり、即ち例えば、誰に教わったわけでもない、村落出身の青年など採用されるはずも無いのだ。
上京しその事実に衝撃を受けたポポルポッポは、次に酒場へと向かった。一部の飲食店では、定期的に身分を問わない楽団・吟遊詩人などを雇用していたのだ。
しかしこの時、彼を二回目の衝撃が襲う……
彼の出身地では誰も指摘しないことではあったが、ポポルポッポの外見は都市生活民の多くにとって
『野卑』
としか表現できないものであったのだ。
青春の多くを野良仕事と歌の練習に費やし、僅かな余裕は将来のための蓄えに回していた彼の身なりは貧しく、
生まれ持ったその巨体、勇壮すぎる歌声と合わせ、市民が抱く野人のイメージそのものであった。
かくして酒場の採用面接に向かった彼は、その体躯を縮こまらせることとなった。
結果採用されたのは、同時に面接を受けた優男……ポポルポッポは形容しがたい挫折感を燻らせながら、次の酒場へ向かった。
ところが不幸とは続くもので、結局彼は数日酒場をたずねたものの、芳しい返事は得られなかった。

ある夜――
ポポルポッポは酒場にいた。めったに飲まぬ酒を頼み、同時に面接を受け、採用された男が現れるのを待つ。
男は楽器を片手にフロアの傍らに現れ、椅子に腰掛け弾き語りを始める。

……結局のところ、運が悪かったのだ。
偶然、ポポルポッポは地方の小村に生まれた。
偶然、軍楽隊の募集が無い年度だった。
偶然、訪ねたどの酒場もポポルポッポの力強い歌声を求めていなかった。
偶然、彼の弱った心に安酒が染み渡っていた……
残っていたのは、天性の才能――

堪え難い雑音。自分はこの男に負けたのだ。

濁った感情に押され、椅子を蹴飛ばし立ち上がった彼の声はそれでも透き通っていた。
透き通り、強く、高く、雄雄しく、響く……
酒場のグラスと瓶は次々と砕け散り、木壁は圧力に耐えかねるかのように軋み、
楽器は内側から弾けとび、そして『聴衆』は悉く耳穴から鮮血を噴出して倒れた。
そして静寂。 ポポルポッポの頭は後悔と虚無感、焦りでその殆どを占められていたが、
全てを吐き出した彼の胸のうちには奇妙な充足感があった……

かくして、帝国の崩壊後に生まれた廃棄地区では奇怪な噂が立つようになる。
某地区では耳から血液を流した奇妙な怪我人がなぜか多発し、そしてそこには
『鳥のように美しく、獅子のように雄雄しく鳴く魔物』が住むと。


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