26○ イヴ=イズーリ

その背筋、まさに宇宙――

幻想がたゆたい、魔法が鼓動するこの世界で人体の筋肉はどこまで鍛えられるのか、あなたは知っているだろうか?
少なくとも背筋に関しては世界屈指と言えるほどの極地に達した男が、廃棄世界ロスタレアに存在する。
彼の名はイヴ。暁天と星影の世界にその極まった深淵たる『力』をなぞらえ、そう呼ばれている。
この世界では珍しいことではないが、男の出生は明らかではない。イズーリという姓のみが彼の出自を匂わせるが、それを気にするものはいない。
何故なら彼の全ては、彼の背筋に集約されているからだ。

常人には為しえない不断の努力か?
遺伝による先天的な代謝・成長異常か?
魔力と呪術・星辰の作り出す魔法によって生み出された奇跡か?
はたまたその全てのなし得るものなのか、彼の背筋は形容しがたいものであった。
なにしろ、近くからまともに見たものすら珍しい。彼の体は常に背筋力に支配され、火を通した海老のように酷く丸まっているからだ。
彼自身もそれに順応し、日常生活を送れてはいるが、長時間体を伸ばすことは不可能だという。
そう、短時間なら体を伸ばしていることは可能だ。その間彼の背筋は彼自身の体に阻まれることなく、簡単に見ることができる。
それにも関わらず『見たものすら珍しい』のは、やはり彼の常軌を逸した背筋力に由来する。

彼の背筋は、人を殺せる。 何の比喩でも冗談でもなく、背中で語るとかそういうことでもなく、彼の背筋に触れた物体は悉く崩壊するのだ。
とある魔法の見識がある者曰く、その背筋はおよそ他の生物は持ち得ないような強大な魔力を有する上に、
皮膚から少しの距離に魔法的な『うねり』がとても濃密に発生しているらしい。
それが荒れ狂う渦潮のごとく、或いは猛烈に回転する巨大な歯車のごとく、触れたものの魂・存在ごと『捻じ切る』……という。
これらの性質は、本来彗星の接近時や隕石の落下地点、あるいはオーロラの発生するような環境で微弱に感知されるようなものなのだ。
(ちなみに、これらの特異的な魔力渦をその原因になぞらえて『星』と呼称する。)
それほどまでの現象が、たった一人の個人の背筋で観測されるその奇跡、
まさに、宇宙。

これは学術的見地から見ても大変興味深い研究対象らしく、その魔法的活性を利用すれば実現不可能だった魔法薬や、
あるいは錬金術で理論的に予想されていた未知の金属を精製できるとも言われていた。
しかし、その悉くが失敗に終わる。
彼……イヴ=イズーリ自身に害意は無いにしろ、その彼自身にすら制御できない宇宙的背筋は
不規則な痙攣ですら人間を死に至らしめるレベルの魔力ノイズを発生し、彼の背筋を調査している人間を容赦なく食らう。
遠距離から観測するにしても、魔法的観測(Identify)は届かず、試薬・サンプルは魔力のうねりに晒され途中で変質する。
観測は存分に受け入れるものの、深淵に立ち入ろうとする者、好奇心に駈られた者をその驚異的スケールと人知を超えた現象によって打ち滅ぼすその様は、
まさに、宇宙。

だが、宇宙と違って、そんな彼の背筋を存分に研究する方法が一つある。
――解剖である。
イヴ=イズーリには数多くの魔術師、錬金術師、研究者の過失致死の罪が着せられた。

今日もイヴ=イズーリは『錬金術師殺し』『好奇心を食らうもの』の悪名を『背』に、賞金稼ぎをその背筋で屠る……


もどる

inserted by FC2 system